日本軍は沖縄方言を使う住民をスパイとして「処分」した。

元記事作者様安禅不必須山水



沖縄戦。

米軍が北谷海岸に上陸したのが昭和20年(1945年)4月1日。その8日後の4月9日、激戦のさなか第32軍の司令部は、命令・通達集プリントである「球軍会報」に、次のような命令が発せられたことを記録した。

「爾今軍人軍属ヲ間ハズ標準語以外ノ便用ヲ禁ズ沖縄語ヲ以テ談話シアル者ハ間諜トミナシ処分ス」


激戦場で「間諜とみなす」といえば、敵のスパイとみなすということである。
戦場で「処分す」といえば、処刑・殺害を意味していた。
決して「訓告処分」といった生易しいものではない。

当時ほとんどの沖縄住民は、沖縄語すなわち沖縄方言しか便用していない。標準語を習っていたとしても危機がせまれば人は生まれ育った言葉に頼る。まして標準語を習っていない老人や子供はどうすればいいのだ。

なにゆえ日本軍はこうした規定を定めたのか?
じっさい、日本兵に対する答えが口篭もったというだけで、「友軍」に斬殺された住民のことが、証言として残っている。

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タグ: 沖縄, 沖縄戦, 太平洋戦争, 日本軍の蛮行, 命令書, 同化政策, 安禅不必須山水,

[ 2012/07/27 ] 沖縄問題